小結
本章ではまず、伊藤が批判され得る側面について考察した。前述したように、伊藤の著作には一見すると奇異に思える記述が多い。そのため異安心ではないかという批判が絶えないのだが、第一節での検証から、その布教は真宗教学に沿った信心を広めたものといえることが確認された。また信心の内容だけでなく善知識としての態度も、善知識だのみや一念覚知の異安心に陥ることを強く警戒していたことが窺えた。
第二節においては、近代の布教者三名と伊藤を比較し、その相違点を考察した。近角常観との比較においては、伊藤が社会的活動よりも獲信に比重を置いていたことを指摘した。また伊藤の教えを継承した団体(華光会)が、伊藤の存命中よりも大きな規模で活動を続けている点は特筆すべきであろう。大沼法龍との比較では、大沼の獲信体験は伊藤のそれと似ているものの、導き方にはある違いが見受けられた。両者とも自力疑心を問題視する点は共通している。
しかし、自己の罪悪性を見極めていけば結果的に自力疑心が破られると説く大沼に対し、伊藤は煩悩心と自力疑心、および他力信心の関係性を理論立てて説明する。同様に羽栗行道との比較でも、ともすれば見分けのつきにくい罪悪、自力、他力の違いを、伊藤は明確に把握していた点が特徴として浮かび上がった。
第三節では伊藤の布教方法と導き方から、その獲信への過程を考察した。まず、伊藤が重要視した自他力の廃立の意味を確認し、これを表現した比喩「黒い心、暗い心、白い心」を図を用いて分析した。
伊藤の著編書に収録された求道体験記を確認すると、ある共通点が見えてくる。それは求道者の誰もが、自分はいつか獲信できるはずだ、という予定概念を抱いているということである。これは常識的に考えて当然のことのように思える。なぜなら、獲信できると思うからこそ求道しているはずだからだ。しかし伊藤によると、いつか獲信できるはずだという予定概念こそが自力疑心なのだという。そして求道の過程を通して、求道者の中の「自分はいつか救われるはずだ」という思いが覆されていく。自分は獲信できないかもしれない、という認識が求道者の中で拡大していくのである。
その現象が顕著に現れるのが、第三節第三項で取り上げた示談である。求道者と伊藤が対面して他力信心に関する信仰相談を行い、そのやり取りの中で、求道者の「自分は獲信できるはずだ」という思いが崩れていく。伊藤の求道体験記をみる限りでは、多くの場合このプロセスを経て、最終的に求道者は獲信を体験している。つまり伊藤は求道者に対して、その自力疑心が取り払われるような働きかけを行っていたと考えられる。
したがって獲信への過程として抽出されるのは、求道者の中にある自力疑心に焦点を絞り、それが取り払われる働きかけをすること、となる。
なお、その著書に多数の奇異な体験談を記述しているにもかかわらず、不可思議な体験に意味があるわけではないと伊藤が主張している点も、特筆すべきことであろうと筆者は考える。
次章では、伊藤が展開した布教が後にどのような進化を遂げたかを知るため、伊藤の教えをさらに発展させた西光義敞を取り上げ、その理論と実践内容を検討していく。
第五章の参考文献
1 大原性實 『眞宗異義異安心の研究』 二頁。
2 宮地廓慧 『横田慶哉先生追慕録』 二六四~二七二頁。
3 吾勝常晃 『伊藤先生の言葉』 二四四頁。
4 吾勝常晃 『伊藤先生の言葉』 二四四頁。
5 吾勝常晃 『伊藤先生の言葉』 二四四頁。
6 伊藤康善 『仏敵』 一七五~一七六頁。
7 伊藤康善編 『死を凝視して』 六頁。
8 伊藤康善編 『死を凝視して』 六頁。
9 伊藤康善 『われらの求道時代』 六四~六五頁。
10 勧学寮編 『―新編― 安心論題綱要』 四五~四六頁。
11 華光会 『華光』 五二―二号 五頁。
12 華光会 『華光』 五二―二号 六頁。
13 華光会 『華光』 五二―二号 六頁。
14 伊藤康善 『仏敵』 一〇五頁。
15 華光会 『華光』 五二―二号 四頁。
16 華光会 『華光』 五二―二号 七頁。
17 岩田文昭 『近代仏教と青年』 一九~三七頁。
18 岩田文昭 『近代仏教と青年』 五三頁。
19 伊藤康善 『安心調べ』 二八五~二八六頁。
20 伊藤康善 『安心調べ』 二八六~二八七頁。
21 伊藤康善編 『華光出佛』 八七頁。
22 大沼法龍 『八万の法蔵は聞の一字に摂まる』 七一~七六頁。
23 大沼法龍 『八万の法蔵は聞の一字に摂まる』 七六頁。
24 大沼法龍 『入信の道程』上 五、六、一七、二二頁。
25 大沼法龍 『入信の道程』上 七~九頁。
26 大沼法龍 『入信の道程』上 二〇~二一頁。
27 大沼法龍 『入信の道程』上 二二頁。
28 大沼法龍 『入信の道程』上 二九~三二頁。
29 大沼法龍 『入信の道程』上 四四~四五頁。
30 大沼法龍 『入信の道程』上 八七~八九頁。
31 大沼法龍 『入信の道程』上 八九~九一頁。
32 大沼法龍 『信仰に悩める人々へ』上、六一~六二頁。
33 大沼法龍 『信仰に悩める人々へ』上、六二頁。
34 大沼法龍 『信仰に悩める人々へ』上、六二~六三頁。
35 公民協会 『公民と信仰』第五巻第一号 四頁。
36 公民協会 『公民と信仰』第五巻第三号 二頁。
37 吾勝常晃 『伊藤先生の言葉』 八七頁。
38 伊藤康善編 『華光出佛』 六四、七六~七七頁。
39 伊藤康善 『仏敵』 一四四頁。
40 伊藤康善編 『華光出佛』 七一~七三頁。
41 伊藤康善 『アメリカ同行順礼記』 八八頁。
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